2015年1月25日

小指

 道路に小指が落ちていた。え、うそ、本物?慌てて目をそらして、だけどついもう一度遠目ながら見入ってしまう。ああ、やっぱり小指だ。私はいったいなんというものを見つけてしまったのだろう。げげげ~っ。再び目をそらすけれど、二度も見てしまったせいか画像が焼き付くように鮮明に網膜に残っている。目蓋を食いしばるように閉じて、画像を闇に溶かそうと努力してみるけれど、全然消えない。車道と歩道の間の段差、その溝に填まって、毛虫が這うような姿勢で私を指さしている小指。くの字に曲がったそれは長さからしても第二関節から先の部分だとわかる。あまりに細く白いので、女性のものだろうか。人差し指でも親指でもなく小指だと直感したのもきっとその小ささのためだ。何があったら小指が、それも第二関節から先だけがちょん切れるなんてことになるのだろう。自分でハサミを使って切るとかヤーさん絡みとか色々想像が膨らむ。私ってば悪趣味だな。でもまあ、交通事故に巻き込まれて粉々に飛び散ってしまった身体の一部が回収されずに残ってしまった、というのが最も現実味がありそうだ。人間の身体が粉々になるにはどれだけの速度で車がぶつかればいいのだろう?ぶおーん、とかじゃない、ギュワーーーン!って感じの速度だ、たぶん。側を通り過ぎるだけで怖っ、アブネーって思うような。女性かどうかも轢かれたのかどうかも勝手な想像だけど、その轢かれた女性が最後に聴いた音がギュワーーーン!で、最後に思ったことが怖っ、アブネー、うわ死ぬ、とかだったりするのだろうか?避けられなかったわけだから、頭で反応している時間もないわけで、だからきっとそんなもんだ。それで、一瞬後にはぐちゃぐちゃのミンチ。あっけないものだな、人の死とは。虚しくなるよあたしゃ。だからなんとなく、せめて小指だけが残った意味とか、死んでしまった人の遺志とかについて考えてみるけど、そんなの当然考えが及ばない。小指だけが残った意味とかたぶんないし、死んでしまった人はこんなことで死にたくなかったんだろうなってことぐらいしか想像できない。私の貧相な想像力じゃ何もわかってやれない。ごめんよ。なんだかちょっぴり悲しくて、がっしり閉じた目蓋の隙間から涙があふれていく。ごめんよ、ごめんよ。何度繰り返しても涙は少しずつ漏れて止まず、だんだんなんて自分は無責任なんだろうという思いが強くなってきて、こうやって「女性の小指」「交通事故」「死」とか脈絡がほとんどない連想ゲームをしてた自分がひどく悪いものみたいに思えてくる。そんな気持ちの移ろいとは裏腹に、頭の中では車に轢かれてミンチになる女性の映像が何度も何度もループ再生されている。ギュワーーーン!バチャッ!ギュワーーーン!バチャッ!ギュワーーーン!バチャッ!ううっ、本当にもうやめて!たとえ想像のなかでも、想像上の人物でも、勝手に殺していいわけなんてないんだ。それは私自身が私を罰するうえで最も重い罪のひとつのような気さえしてくる。ごめんよ、ごめんよ!私はもう何に対してその言葉を向けているのかすらわからなくなっている。もう気分的には悪霊退散悪霊退散って言ってる除霊師みたいなもんかもしれない。ギュワーーーン!バチャッ!の合間合間にごめんよ!を念じていく。餅つきみたいなテンポで繰り返されてまるでギャグみたいだけど、必死にやらないと私が杵で手を潰されてしまうのだ。全然笑えない。ギュワーーーン!バチャッ!ごめんよ!ギュワーーーン!バチャッ!ごめんよ!「ギュワーーーン!」あれ?音が聞こえた。嫌な予感。とんでもない速度が爆音とともに迫ってくるのが全身でわかる。バチッと目を見開いた瞬間、眼前にどでかいトラック。パー!と鳴り響くクラクション。迫る風圧と音圧。「ウワーーーーーッ!」クラクションをかき消すように大声で叫んだ。恥も外聞もない。するとトラックは目の前でギュン!と通り過ぎて、あっという間に奥の交差点を左折して見えなくなった。まだ私は叫んでいたけれど、周りの訝しむ目線にどきっとして、それでようやく黙った。気付けば肩で息をしていた。無理矢理深く息を吸って、ゆっくりと吐く。それを何度か繰り返して、ようやく落ち着いた。……馬鹿か、私は。怖っ、アブネーとかでさえ考えてる余裕なんか全然ないじゃん!なんだよウワーって!なんて一通り自分にツッコミを入れてから、あ、そうだ、と思い出す。私は自分の指を見る。ある。小指から親指まで二セット、ひと揃いあります。私は今まで仕事終わりの湯船でもついたことのないくらい深いため息をついて、それから落ちている指にも目を向ける。それもやっぱり間違いなくそこに落ちていて、間違いなく指なのだけれど、そのことに少し安心してしまうのはおかしいだろうか?だってそれは私の指じゃないんだもん。

0 件のコメント:

コメントを投稿