2014年10月9日

オトコノココンプレックス

 その日私が教室に体操服の忘れ物を取りに戻ったら床にちんちんが落ちていた。山田くんの血まみれのちんちんが。山田くんは私の体操服を装着していてブルマーを穿いた股間の膨らみはなかった。
「服、返してよ」
 本当はもういらないんだ。ちんちんのない山田くんが着ている血まみれの体操服なんて。血まみれってところよりはむしろ、山田くんが私の服を着ているって状況が嫌なのだ。
「ご、ごめん」
 血まみれの山田くんは私の目の前で全裸になる。私は山田くんが脱ぎ捨てた私の体操服をゴミ箱にスパコーンと捨てて「変態」と吐き捨てるように言って教室を出た。

私が山田くんにそう言ったのはこれで二度目のことだった。一度目は山田くんに告白された時だ。
 それまでも山田くんは私だけではない多くの女子をいやらしい目で見ていたことを私は知っていたし、私は山田くんのことが気持ち悪くて告白を断った。
 だから山田くんがちんちんを切ったことの責任はもしかすると私にもあるのかもなんて思えてきて、私は山田くんにまた会う。

「ごめんね」
「き。ききき、気にして、ないから。ぼく、変態なんだ」
「や、そこじゃなくて」
 いや、そこについても謝るべきなのかもしれないけど。
「それ」私は山田くんの股間を指さして言う。「私のせい?」
「ち、ちがう! これは僕の選択であって、き、君が責任を感じる、必要は、な」
「つきあおっか、私たち」
 私はさばさばした感じを演出しながら言う。こういうセリフはタメて言うと実際以上の深い意味合いが匂い立つ。真実、私のこの言葉に深い意味はないし。
 ガラガラガラガラ、ガシャーン。しかし山田くんの中では何かが崩れる音がする。
 もちろん山田くんのことは好きじゃない。だけど責任をとるために他に何ができるっていうのさ?
 これは私の問題だ。罪悪感というものが、私はとっても嫌いなのだ。
「だ……だめだよ。ぼぼ僕はもう、お、おっ男じゃないからね」
「私そういうことにはこだわらないけど。それに、セックスできるかどうかがそんなに重要?」
「ちちち違うよ、すっ、そうじゃない。これは、僕個人の、そっ尊厳の問題なんだ、けじめっていうのかな、うまく言えないけど」
「でも私の事好きなんじゃ」
「すすす好きだよ! でも僕はもう、君を、すっ好きでいい僕じゃなくなったんだ」
「そんなことないでしょ」
 とテキトーな励まし。
「私はそう思うけど。君はそれでいいの?」
「ぼ、 ぼく……嫌だったんだ。女の子を見ていやらしい気持ちになるのが。おっぱいとかおしりとかふとももが大好きで見てるだけで勃起しちゃうんだ。その人が何が 好きかとかどういう時に笑うんだろうとか、そういう大切なことは見えなくなっちゃうんだ。そんでオナニーしてビュッていろんな気持ちがすっ飛んじゃう自分 が嫌だったんだ
だから……これでよかったんだ、きっと」
「そっか。それならいいや。じゃあ、またね」
「うん、また」

よくわかんない。

数日後に突然、山田くんは転校してしまったと担任教師が言った。だけど私は転校ではなく学校をやめたのだと思っている。突然ちんちんをなくした山田くん は、それゆえ突然学校もやめたのだ。その二つの事件の因果関係は私には分からないし興味もないけど、山田くんそのものに対する興味はあった。
 山田くんが何を考え、何に悩んでいたのか、もう直接聞くことはできない。
 だけどほんの少しだけでも何か理解したくて、私は山田くんのちんちんを握りしめて股の間にあてがってみる。今朝私の靴箱に入っていた冷たいちんちんを。
「気持ち悪……」
 私はひどい腹痛を感じてうずくまった。頭痛もある。男の子に生まれればよかったな、とは思うけれど。子宮を切除する勇気は、私にはない。

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