2017年6月29日

みんな寿司が寿司

 二〇五〇年、世界は未曾有の危機に直面していた。だがその日、光明が差すことになる。
「かねてより問題視されていたエネルギー問題が解決するのです」と、うら若き白衣姿の女性が宣言してのけた。
 しかし、その場にいた誰もが状況を理解していない。
 今まさに風を切って走る鈍行列車には、老若男女が十数名ほど集められていた。誰も互いの顔を知らず、住む地域も違えば趣味も合わない。自然、会話も弾まない。唯一の共通点としては政府から呼び出しを受けたということだけのように思われた。
 そんななか現れた白衣の女性は、不信感の渦巻く空気をさらに色濃く澱ませた。しかしそれでも知らぬ顔、「無尽蔵の新エネルギーを取り出す技術を開発しました」などと言ってのける。女性は科学者だったのだ。
 だが反応はそれほど芳しくなく、どうやら皆まだ信じ切れないようである。科学者はその様子を見て、にっこりと微笑む。「この車両。実はその新エネルギーで動いています」
 そこで初めて歓声が上がった。
「なんということだ。それでは本当に」
「ええ。私はこのエネルギーをスシスキヤネンと名付けました。人間の寿司を食べたいという気持ちを取り出してエネルギーに変換するのです」
 にわかに聴衆がどよめいた。
「そんなニッチなエネルギーがあるものか」
「それが、あるのです」科学者が今度は壁に設置されたメーターを指さす。
「いまは時速八〇キロ。つい先ほどまでは六〇キロ程度でしたが、少し速度が上がったようですね。どうしてでしょうか」
 誰も声を上げなかったが、おそらく皆心のどこかでは直感していたはずである。
「私が『寿司』と口に出した直後です。みなさん、そのとき寿司のことを思い浮かべましたね? あ、寿司食べたい……そう思ったのではないですか?」
「お、思いました……」屈辱を噛むように、一人の女性が漏らした。それはこの場にいる全員の総意でもあった。
 科学者は満足げにうふふと笑う。「皆様がいまお座りになっている座席こそが、その変換器なのです。皆様から取り出したスシスキヤネンの量に応じて、この車両はどんな長距離でも、どんな速度でも走ることができます。もちろん物理的制約は受けますが」
「と、いうことは、私たち」勘の良い女性が言った。
「そうです。皆様は政府の調査の結果集められた、日本で最も寿司好きな人たちなのです」
 科学者がぱちんと指を鳴らすと、寿司好きたちの椅子からベルトが飛び出し、彼らを拘束せしめた。身動きを取ろうにも取れず、取れたとしてもここは走る車上であるため逃げ場はない。
「さてここに寿司があります」科学者が何処かから皿を取り出す。トロが一貫。
 それだけで先ほどの勘の良い女性は事の顛末を察知したのか、むせび泣き気絶してしまう。他の面々も血眼になってその寿司を見た。なにせそれは寿司である。
 メーターはぐんぐん上昇を続けた。
「素晴らしい……。やはりスシスキヤネンは画期的で理想的なエネルギーだわ、これで世界は救われる」
「どういうつもりだ! 離せ!」
「食べたいですか?」
「食べたい!」
「あげませんよ。食べてしまったら、食べたいという気持ちが弱くなってしまうでしょう」
 悪逆非道の極致にあって、科学者は笑顔を貫いた。というのも彼女には倫理観というものが欠けていたのである。醤油に寿司をチョイと浸して桃色の唇に放り込むまでの美しい所作を、そこにいた誰もが凝視していた。
「なぜ、どうして。あんただけが……」
「私はそれほど寿司が好きではありません。つまり、エネルギーがそれほど取り出せる個体ではないのです。だったらむしろ、選ばれし寿司好きの皆様の前で寿司を頬張り、さらなるエネルギーを取り出すための演出に徹したほうが効率が良いのです。あー美味しいお寿司」
「いやあんた絶対寿司好きだろ!」一人の男性が思わず叫んだ。誰もがそう思っていた。
 もう一貫、今度はコハダ。次にイワシ。科学者が笑顔でもぐもぐ咀嚼するたびに車内には阿鼻叫喚の声が上がり、メーターの数値は信じがたいことに新幹線もかくやという速度を示していた。だが、もはや誰の目にもそんなものは映っていない。
「スキじゃありません」
「だったら一体何なんだ……」
 科学者は湯飲みで茶をすすり、
「スシです」
 したり顔で呟くが、もはや乗客の誰もが彼女に突っ込む気力を失っていた。誰も彼も寿司のことしか頭にはなく、記憶や人格までもが消え果てた。ただ寿司が寿司だということだけが脳に刻まれているくらいには、何もかもが寿司だった。
 後に倫理的な問題が取り沙汰されこの技術は闇に葬られることになるのだが、寿司好きを乗せた列車はそれからも止まることを知らず、ただ一人科学者の女だけが寿司を頬張り続けているという。そんな噂が流れるのも不思議ではない。人の心を動かすに足る力があるのだ。
 なにせ、それこそが寿司なのだ。




この小説で伝わる寿司愛のたぶん5倍くらいは寿司が好きです。つまりは超くだらない小説ですこれは
それにしてもオチがあまりに雑すぎる……

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