2016年12月6日
おめでた君
深夜、私が部屋のベッドで寝転がって漫画の『逃げ恥』を読んでいるとドアをノックする音がする。コンコンコンと三回叩くのは弟の隼人だ。「なに?」とだけ聞くと、静かにドアが開いた。入っていいとは言ってないじゃん……と思いながらもチラッと視線を向けると、その隙間から暗い廊下に立つ隼人の...
2016年11月18日
錆の味
妹の洋子は錆びた金属に触れるのを心底嫌った。触れると激しい発疹や発汗が起こり、酷いときには失神してしまうほどである。自然、洗い物や掃除などをさせるわけもいかず、俺が代わりに家事をする。偶に釜や鉄瓶の外側についた赤錆を落としてやる。 医者に診せるとアレルギーではなく心因性の...
2016年11月16日
恋に酔うもまた病なり
命を全部使い切る勢いで彼女は歌う。汗まみれになって。髪を振り乱し。歌詞や音程を間違えても「あっはっは!」と高校生の女の子らしからぬ豪傑っぽい笑い声で誤魔化した。 「ピーチフィズ!」 おい未成年、という当然の突っ込みは既に三回ほどやったところなので今度は僕が折れた。電話口...
2016年11月10日
日記
教養というものがなく、この歳になるまで読書というものをほとんどしなかった。大学に通い始めて四年が経とうとするこの冬まで。それも文献を読み下す量と質が明暗を分ける人文学系の学徒でありながら、である。もちろん学業方面においては暗い地の底を這うような成績を修め続け当然のように留年して...
2016年11月9日
迷わない森
夜半。僕は屋敷を抜け出して森の中を歩いていた。隆々と盛り上がる木の根に躓かないように、少し屈みながら手探りで進む。さっきまで背中に浴びていた屋敷の饗宴の声は木々のざわめきに紛れてしまった。明かりのない道にふらり迷い込んだことを悔やみそうになったとき、一寸先に薄ぼんやりと光。驚...
2016年10月26日
壁蝨と煙草
夏の蒸す夜は、何度も目が覚める。汗をじっとりと吸い込んだ敷きっぱなしの布団で、健史がもがくような寝息を立てていた。布団を蹴散らし、まるで子供のようだ。その側に転がるビールの空き缶を蹴らないように、べたつく足で床を歩く。 冷蔵庫に麦茶がない。寝る前に沸かしたばかりの薬缶の中...
2016年8月29日
『君の名は。』雑感(ネタバレあり)
誰に見せるようなものでもないですが、一応なんとなくメモがわりに 一度観ただけなのでまた後日観てきますたぶん 以下ネタバレありです。けっこうネタバレが致命的な作品なので自己責任でどうぞ ●テーマ 相変わらずテーマの核にあるのは「心の距離」で、過去の作品のほとんどと一...
2016年6月24日
インスタント仏陀
自分のものではない荷物をひたすら箱詰めして、ガムテープで封をするたびに思い出が身体から切り離されてゆく気分。ドライヤーとか電気ケトルとか、ふたりで共有してたものはどうしようか聞きながらワイワイやってたのも最初のほうだけで、だんだんつらくなってきた私はそういう荷物を後回しにしてひ...
2016年6月13日
最近観た映画の話

2016年5月31日
新豚
恋というものが落ちるものであるならばきっと恋にも重さがあるのだろう。もちろん豚にも。 久しぶりに降った豚はまるまる太って大きく、そしていつまでも降り続いた。思い立ってテレビのニュースをつけるとちょうど天気予報が流れているところで、そこには画面いっぱいに豚の笑顔がスタンプされ...
2016年5月28日
おむつ姫
自分の行いがどういう結果をもたらすか、少しは考えろ。ノリと勢いと煩悩だけで生きてるバカども。世の中には決定的に取り返しのつかないことっていうのがあって、それがまさにこの状況なのだといい加減学べばいい。 教室の黒板の前で、沙姫が床にへたり込み泣いている。声を上げずに引き攣る...
ロロ「あなたがいなかった頃の物語と、いなくなってからの物語」

2016年5月8日
透明な檻
眠りを知らない喧騒のなかで、人々は夢を見ないでいられることに安心している。夜は程良い酩酊に満ち、歩く人の足取りは覚束ない。私もたぶん、同じなんだと思う。他人の顔のなかに鏡のように映る私自身を見たくなくて、顔を伏せながら歩く。 うるさい街。 今日も中央線のダイヤが乱れてい...
2016年2月7日
映画「親密さ」論/メタフィクションを《演じる》こと

2016年1月24日
書評:プラトン『饗宴』
プラトンの「饗宴」、これはまさにその構造自体が哲学史のダイナミックな流れを象徴するかのようなドラマティックな対話篇である。テーマとなる「エロス」について複数の登場人物たちが宴席で代わる代わる演説を交わし、時折反論を織り交ぜながら前の人よりもより優れた説を述べようと奮闘する、いわ...
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