2016年11月18日

錆の味

 妹の洋子は錆びた金属に触れるのを心底嫌った。触れると激しい発疹や発汗が起こり、酷いときには失神してしまうほどである。自然、洗い物や掃除などをさせるわけもいかず、俺が代わりに家事をする。偶に釜や鉄瓶の外側についた赤錆を落としてやる。  医者に診せるとアレルギーではなく心因性の...

2016年11月16日

恋に酔うもまた病なり

 命を全部使い切る勢いで彼女は歌う。汗まみれになって。髪を振り乱し。歌詞や音程を間違えても「あっはっは!」と高校生の女の子らしからぬ豪傑っぽい笑い声で誤魔化した。 「ピーチフィズ!」  おい未成年、という当然の突っ込みは既に三回ほどやったところなので今度は僕が折れた。電話口...

2016年11月10日

日記

 教養というものがなく、この歳になるまで読書というものをほとんどしなかった。大学に通い始めて四年が経とうとするこの冬まで。それも文献を読み下す量と質が明暗を分ける人文学系の学徒でありながら、である。もちろん学業方面においては暗い地の底を這うような成績を修め続け当然のように留年して...

2016年11月9日

迷わない森

 夜半。僕は屋敷を抜け出して森の中を歩いていた。隆々と盛り上がる木の根に躓かないように、少し屈みながら手探りで進む。さっきまで背中に浴びていた屋敷の饗宴の声は木々のざわめきに紛れてしまった。明かりのない道にふらり迷い込んだことを悔やみそうになったとき、一寸先に薄ぼんやりと光。驚...