2017年6月29日
みんな寿司が寿司
二〇五〇年、世界は未曾有の危機に直面していた。だがその日、光明が差すことになる。 「かねてより問題視されていたエネルギー問題が解決するのです」と、うら若き白衣姿の女性が宣言してのけた。 しかし、その場にいた誰もが状況を理解していない。 今まさに風を切って走る鈍行列車...
2016年12月6日
おめでた君
深夜、私が部屋のベッドで寝転がって漫画の『逃げ恥』を読んでいるとドアをノックする音がする。コンコンコンと三回叩くのは弟の隼人だ。「なに?」とだけ聞くと、静かにドアが開いた。入っていいとは言ってないじゃん……と思いながらもチラッと視線を向けると、その隙間から暗い廊下に立つ隼人の...
2016年11月18日
錆の味
妹の洋子は錆びた金属に触れるのを心底嫌った。触れると激しい発疹や発汗が起こり、酷いときには失神してしまうほどである。自然、洗い物や掃除などをさせるわけもいかず、俺が代わりに家事をする。偶に釜や鉄瓶の外側についた赤錆を落としてやる。 医者に診せるとアレルギーではなく心因性の...
2016年11月16日
恋に酔うもまた病なり
命を全部使い切る勢いで彼女は歌う。汗まみれになって。髪を振り乱し。歌詞や音程を間違えても「あっはっは!」と高校生の女の子らしからぬ豪傑っぽい笑い声で誤魔化した。 「ピーチフィズ!」 おい未成年、という当然の突っ込みは既に三回ほどやったところなので今度は僕が折れた。電話口...
2016年11月9日
迷わない森
夜半。僕は屋敷を抜け出して森の中を歩いていた。隆々と盛り上がる木の根に躓かないように、少し屈みながら手探りで進む。さっきまで背中に浴びていた屋敷の饗宴の声は木々のざわめきに紛れてしまった。明かりのない道にふらり迷い込んだことを悔やみそうになったとき、一寸先に薄ぼんやりと光。驚...
2016年10月26日
壁蝨と煙草
夏の蒸す夜は、何度も目が覚める。汗をじっとりと吸い込んだ敷きっぱなしの布団で、健史がもがくような寝息を立てていた。布団を蹴散らし、まるで子供のようだ。その側に転がるビールの空き缶を蹴らないように、べたつく足で床を歩く。 冷蔵庫に麦茶がない。寝る前に沸かしたばかりの薬缶の中...
2016年6月24日
インスタント仏陀
自分のものではない荷物をひたすら箱詰めして、ガムテープで封をするたびに思い出が身体から切り離されてゆく気分。ドライヤーとか電気ケトルとか、ふたりで共有してたものはどうしようか聞きながらワイワイやってたのも最初のほうだけで、だんだんつらくなってきた私はそういう荷物を後回しにしてひ...
2016年5月31日
新豚
恋というものが落ちるものであるならばきっと恋にも重さがあるのだろう。もちろん豚にも。 久しぶりに降った豚はまるまる太って大きく、そしていつまでも降り続いた。思い立ってテレビのニュースをつけるとちょうど天気予報が流れているところで、そこには画面いっぱいに豚の笑顔がスタンプされ...
2016年5月28日
おむつ姫
自分の行いがどういう結果をもたらすか、少しは考えろ。ノリと勢いと煩悩だけで生きてるバカども。世の中には決定的に取り返しのつかないことっていうのがあって、それがまさにこの状況なのだといい加減学べばいい。 教室の黒板の前で、沙姫が床にへたり込み泣いている。声を上げずに引き攣る...
2016年5月8日
透明な檻
眠りを知らない喧騒のなかで、人々は夢を見ないでいられることに安心している。夜は程良い酩酊に満ち、歩く人の足取りは覚束ない。私もたぶん、同じなんだと思う。他人の顔のなかに鏡のように映る私自身を見たくなくて、顔を伏せながら歩く。 うるさい街。 今日も中央線のダイヤが乱れてい...
2015年3月10日
回転式こたつトイレ
長年勤めた会社をクビになって鬱だ。鬱だから病院に行く気力もなくて、家に籠もってただぼんやりしている。クビになったのは誰のせいでもなく不況のせいで、俺は俺をクビにした上司の判断を責められない。というか実際のところ俺は今せいせいしているのだ。たぶん鬱は会社に勤めていたときから俺の精...
2015年2月18日
閉ざすより深く暗く
1. 教室の扉を開けて、見とれた。ひとり窓際の席で机に頬をつけてまぶたを閉じる今城寧々の髪は、開け放たれた窓から吹き込む風に散り、花のようにかすかに香る。まどろむ少女の姿は、昼過ぎの生暖かい空気ととてもよく似合っていた。微細な埃が風に舞い、カーテンの隙間から射す陽光にきらき...
2015年2月10日
好きな人の好きなものを、私も好きになりたい。
好きな人の好きなものを、私も好きになりたい。好きな人の感じる世界を私も感じたい。できるだけたくさんの共通項を持ちたい。って大多数の恋する女の子が思ってると思う。女の音楽の趣味はだいたい元彼の影響だ、なんて話をよく耳にするけど、経験論として実際そういうケースは多い。私の周囲の女の...
2015年2月7日
強固な殻
本当に怖いのは傷つくことじゃなくて他人を傷つけてしまうことだ。傷ついたときには堪えることができるけれど、他人を傷つけてしまったらどうしようもない。ひたすら謝ることはできても、謝ったってどうにかなるわけでもないのだ。そういう意識が次第にふくらんで、何気ない言葉や行動が知らず誰かを...
2014年12月1日
善人 #3(おしまい)
善人 #1 善人 #2 扉を叩く音で目が覚めた。ばねのように勢いよく起き上がると、再び同じ音が聞こえた。 「ヤマト運輸でえす、メール便の配達に参りました」 時計を見るともう昼過ぎになっていた。僕は起き上がって玄関へ向かった。ドアノブに手を掛けようとして、ちょっと待て...
2014年11月27日
善人 #2
善人 #1 善人 #3 次の瞬間には死体をどう処理するかを考え始めていた。どこかに埋めるか? 浴槽でバラバラにして燃やし、灰にするとかいうのを何かの映画で見たが……いや、それは時間がかかりすぎるし排水溝に血や髪が残ってしまう。正直に警察に届け出ることも考えたが、さすがにそ...
2014年11月25日
善人 #1
善人 #2 善人 #3 琴乃は恥じらいもなくシャツの胸元を指で摘んではたはたと空気を送り込んでいた。もう片方の手では僕が差し出した氷たっぷりの麦茶入りのコップを手にとって、それを一息に飲み干す。コップの尻から大きくなった水滴が堪えかねてテーブルに跳ねた。琴乃のあごのライン...
記憶はどこにあるのだろう
羽がなくなった鳥は飛べた頃の記憶をいつまでも抱き続けることができるのだろうか。たぶん違う。失われた鳥の記憶はきっと羽のなかに宿っていて、それがなくなってしまったことで記憶もどこかへ消えてしまったのだ。そこまで考えて僕は義足の手術する決心をした。僕は気付いたのだ、僕が事故の日から...
2014年11月18日
2014年10月9日
オトコノココンプレックス
その日私が教室に体操服の忘れ物を取りに戻ったら床にちんちんが落ちていた。山田くんの血まみれのちんちんが。山田くんは私の体操服を装着していてブルマーを穿いた股間の膨らみはなかった。 「服、返してよ」 本当はもういらないんだ。ちんちんのない山田くんが着ている血まみれの体操服なん...
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