2014年11月27日

善人 #2

善人 #1
善人 #3

 次の瞬間には死体をどう処理するかを考え始めていた。どこかに埋めるか? 浴槽でバラバラにして燃やし、灰にするとかいうのを何かの映画で見たが……いや、それは時間がかかりすぎるし排水溝に血や髪が残ってしまう。正直に警察に届け出ることも考えたが、さすがにそんなに馬鹿なことはしない。他人にはどう見てもこれは事故ではなく殺人事件なのだ。やはりどこかに埋めるのが安全だろう。本当の最善策ではないかもしれないが、今思いつく限りの最善でいい。行動を起こすのは早いほうがいいだろう。僕は死体を毛布でくるんでビニール紐で結んだ。それから死体をどこに埋めようかと考えた。
 僕は用心深く夜を待った。それまでは部屋を掃除して過ごした。包丁と血を拭いたハンドタオルは死体と毛布の隙間に押し込み、一緒に棄てることにした。僕はゴルフクラブのケースのように死体を背負い、マンションの駐車場へと向かった。幸いにも、誰ともすれ違うことなく僕の車の前までたどり着くことが出来た。車の荷室に死体を押し込んだ。身体が硬直していてうまく折りたためずに手間取ったが、なんとかうまくいった。死体は哀れなミイラのように小さくまとまっていて、その上にシャベルを載せた。僕は運転席に乗り込んでキーを差し込み、FMをかけた。流れ出した陽気な歌謡曲はエンジンの音と混ざり合って不快な和音を奏でた。
 バックミラーを見ると背後に車はひとつもなかった。それもそうだ、こんな夜に都心から郊外の山に向かう人物など、死体を棄てる人間かそれを追う人間くらいしかいないだろう……なんて、我ながら悪い冗談だが。対向車の数もちらほら減ってきて、山の麓にさしかかったときにはもう周囲のどこにも人影はなかった。ここへ来たのは正解だったと思った。僕は前照灯をつけたまま車を降りた。周囲を見渡すが、やはり人の気配はなく、あるのはただ風の音、山の不穏なざわめく音だけだった。僕は前照灯を落として非常用の懐中電灯を手に取り、代わりにそれをつけた。荷室を開いてシャベルを取り出す。なるべく人の目につかない場所を探して、シャベルをそこに突き立てた。
 休み休み掘り続けて三時間ほど経っただろうか。最初は柔らかかった土も次第にシャベルの侵入を拒むようになり、深さ一メートルほど掘ったあたりから急に固い層に突き当たった。シャベルに体重を乗せてもほんの指先程度しか突き刺さらない。腕が痺れた。この程度の深さでは犬などが臭いをかぎつけて誰かに掘り起こされかねない。せめてあと一メートル、いや五十センチ程度でも深く掘らなければ。僕は時計を見て初めて焦りを覚えた。日の出までに間に合うだろうか。考えている時間も惜しい、早く掘らなければ。額に浮かぶ汗を腕でぬぐった。
 途中、一台だけ車が通り過ぎていったが、特に何の問題もなく僕は穴掘りに集中し続けた。キィン、キィンと短い音が断続的に響く。時間を忘れた頃に、穴はようやく一・五メートルほどの深さに達した。日の出はまだだが空は白み始めていた。僕は車に戻り、死体を抱えて穴の底に放り投げ、その上から土をかけた。すぐに姿は見えなくなった。完全に土を元通り戻してから、適当に落ち葉や木の枝を散らしてカムフラージュした。それから静かに大きなため息をついた。間に合った。安堵が身体を弛緩させようとするが、まだだ、まだ終わっていない、誰にも見つからず帰宅するまでは。僕は重い身体を押して立ち上がり、シャベルを荷室に乗せ、運転席に乗り込んだ。FMからは緩慢なクラシックが流れていた。ドビュッシーの「夢想」。僕は笑った。面白くもないのに笑うのは僕の悪い癖だ。
 夜が明けて、僕は何事もなく帰宅した。それからすぐに眠りについた。あまりに疲れすぎていたし、何よりもう立っていられないほど全身が痛かった。夢の中では裂けた首がドビュッシーの旋律にあわせて踊っていた。その首は僕の顔をしていた。

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